10月最後の日曜日、錦秋花形歌舞伎『雷神不動北山櫻』を観て来ました。市川海老蔵さんが、ひとりで個性の強い5役を見事に演じ分け、片時も目を離すことができませんでした。特に安倍清行(陰陽師)は、うまいなぁ、と唸ってしまいました。品があり、穏やかで、はんなり(ちょっと女好き)としたキャラクターは、お家芸の「荒事」に見られるような雄々しい海老蔵さんとは、まるで別人のようでしたよ。『源氏物語』の光源氏のときの「藤壷サマぁ」にも勝る、たおやかさがありました。でもまあ、やっぱり一番印象に残っているのは、日本一の色男『助六』ですねぇ。
歌舞伎といえば、東京の歌舞伎座もとうとう建て替えですね。「歌舞伎座さよなら公演」に足を運ぶことができたらいいなぁ、と思っていますが、うーむ。。。歌舞伎座の桟敷に座って、ポットを使ってお茶を飲むのが密かな憧れなんです。あの光景は、博多座にはないですもんねぇ。そしてさらに!もう一度かぶきそば(かきあげそば)が食べたい!
話し変って、11月1日、職場のWさんのお誘いで、彼女が御用達のアンティークショップ主催のワインセミナーにお邪魔しました。ヴォレロ(シャンパーニュ)、オーデラボワスレー(ボルドー)、コンテアルノー(オーメドック)、ムーランドルーヤック(ぺサックレオニアン)、HAポマール(ブルゴーニュポマール)(←美味しかった。。。)を頂きました。ルシュバリエさんのお食事、ルプアン・フロマジュリーさんのチーズと一緒に、たのしいひと時を過ごさせて頂きました。講師は、おなじみ二コラさん。とても魅力的な表情、語り口で、ワインの造り方や、畑事情、流通事情、ヴーヴ・クリコの黄色いラベルの秘密、グラスの回し方のコツ…などなど、やさしく丁寧なお話をして頂きました。2時間というセミナー時間はあっというまに過ぎてしまいましたよ。Wさんありがとうございました。
10月のカレンダーをピリッとやぶり、ああ、2009年もあと残り2枚なんだなぁ、と思った朝。店頭にも2010年のスケジュール帳が並び始めていますね。年賀状も早々に購入しました。うぐいす色と桃色の「和」がかわいい!仕様です。年賀状CMの小栗旬くんごっこ(先輩に住所を聞くごっこ)をやってみたりしております。そして、またこの時期になると、新年をどこで過ごすかという話をするのですが、2010年の暦は休みが取りにくい様子。おとなしくホームグラウンドで新年を迎えることになりそうです。
仕事、プライベート、時間、計画、実行。これらの分配を考えていると、あまりもたもたしていては、いか~ん!ことを痛切に感じます。シフトすべし、でございます。やるべきことをこなす、という仕事のやり方がしばらく続いていて、自ら仕事に挑んでゆこう、と姿勢転換の会話を上司としたばかりでございます。こなす、と挑むは文字通り大~違いであります。めざすところの像はあるものの、そのシャープのかかり方が弱いんだろうな。(画像のシャープネスみたい。。。) 輪郭強調。
『マーシャル博士の恐竜ランド』を観て来ました。映画館内はこどもたちがきゃーきゃー走り回ってました。なんせ、恐竜ランドだし、そのうえ日本語吹き替え版だし。内容はこどもたちよりもむしろ、保護者たち向きだったような気がしました。ブラックジョークに適度な?下ネタ、音楽は60年代~70年代。そして、ミュージカル『コーラスライン』を知っているのといないのとでは、その面白さに格段の差が出てきそうな気もしました。最後の方は、ハチャメチャでしたが、とにかく笑えました、手放しで。
平尾の住宅街に『レオーネ・チェルキオ』というイタリアンの美味しいお店があります。店構えはとてもシンプルで居心地の良い空間です。和梨(洋ナシではなく)シャンパンカクテルが美味しかった!お料理は勿論ですが、すてきな器も楽しめます。ここのオリジナルバターはほんのり甘くてクセになりそうです。(お持ち帰りもできます)
ほんとうのところ、それをしたいのか、したくないのか。ほんとうに、それが欲しいのか、欲しくないのか、欲しい「ような」気がしているのか。それは自分の基準なのか、他者の基準なのか。
を、ちょっと立ち止まって考える、ということを心がけています。先日もキタムラさんでオリンパス・ペンを見かけ、5800円!に思わず手が伸びていたのですが、ちょっと止まって考えて、手を引っ込めました。「モノ」ではなくて「値段」をお買物することを、これまでたくさんしてきているような気がしまして。お買物以外においても、然り、です。
健康保険証、年金手帳、介護保険証の機能を備えた「社会保障カード」制度の実証実験が、来年5月に福岡県糸島市、大野城市で開始予定です。個人の血液型、既往症等の健康情報も記録。端末を家庭に設置すると、デジタルテレビで年金記録の閲覧、保険手続き等も出来るのだとか。サイズは見本写真によると、手のひらにおさまる万歩計くらいの大きさです。カードには液晶画面や操作ボタンがあり、住民は各市役所に設置した読み取り端末にカードをかざすと、年金記録の確認ができ、病院などでは保険手続きも出来るのだそうです。国民皆保険を誇る我が国の保険制度上にある保険証が、紙(証書)ではなく液晶画面へと形を変えてしまうのはちょいと淋しいような。。。
夏の名残と秋の入口とが入り混じったような10月でございます。昨日、今日と清々しいですねぇ、とても気持ちがよいです。
Octは「8」を意味し、オクトパス(8腕のタコ)、オクターブ(第8音度、8個1組(ドレミファソラシド)、オクテット(八重奏)、オクタゴン(八角形)などの言葉があります。では、なぜ1年の10番目である10月が「October」なんだろう?そう思って調べてみたら、古代ローマの第8番目の月が、現在の10月に当たる、という事なのだそうです。へぇ~。
昨日の中秋の名月、美しい夜でした。今朝の地元の新聞にも満月とコスモスの花の写真が第1面に掲載されていました。昨夜はお月見しながら、丸型についていろいろ思いをめぐらせていたのですが、今朝から四角型について考えております。で、そういえば、どうして写真は(絵画もそうですが)四角形なんだろう?と。「形態は機能に従う」という機能主義の原理があり、かのコルビュジエは「人間は幾何学的動物である」との機能主義的な人間観を確立されております。便宜上、構造上、諸々のことがあって、写真は四角形、長方形なのだと思いつつ、改めてなぜだ~?無駄が出ないように?そもそも無駄とは何だ、じゃあ日本の硬貨が四角でなくて丸型なのはなぜ~?の勢いで、身の回りの有機物、無機物をあれこれ見回して妄想中でございます。
「カメラ・オブスキュラ(写真鏡)で見られる自然界の現象を初めて捕らえたのは、紀元前四世紀ギリシアの哲学者アリストテレスである。[日食の日に、プラタナスの葉の重なりあう隙間を通ってくる光が、地面に欠けた太陽(三日月ようの太陽)を映し出すことを観察し、さらにその孔が小さいほど投影された像がシャープになる]ことを、発見した」 (カメラ・オブスキュラの時代/中川邦昭著 ちくま学芸文庫)
「写真術とは、ひとりの人間によって発明されたものなのだろうか。ニエプスのエリオグラフィー、ダゲールのダゲレオタイプ、タルボットのフォトジェニック・ドローイングというように、写真術の名称にも実にさまざまなものがあるが、これは写真術の発明に関して複雑な事情があったことを物語っている。また[フォトグラフィー(写真術)]という言葉も、イギリスの物理学者ホイートストーンやハーシェル、ドイツの天文学者フォン・メードラーなど、何人もの学者がそれぞれ自分の考案によるものだと主張していた。フランス生まれの芸術家エルキュール・フロランスは、1833年にはすでにこの言葉を使っていたようである。…[フォトグラフィー]という言葉が一般的に使われるようになるのは、1850年代末になってからのことだった」 (写真の歴史/クエンティン・バジャック著 創元社)
写真というものが工業、商業分野、そして芸術の分野へと発展し、「写真展」なるものが、ギャラリー等で催されるようになったのは、一体いつ頃からなのだろう、とふと思い、本棚からあれこれ捜索中。日常では、ぱしぱし当たり前のように撮っている写真ですが、その歴史に触れると、奥の深さにオドロキの連続。おりこうカメラについて、マジカル写真について、実に知らないことだらけです。ムズカシイ~と敬遠していた章も再読中です。
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