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10月のカレンダーをピリッとやぶり、ああ、2009年もあと残り2枚なんだなぁ、と思った朝。店頭にも2010年のスケジュール帳が並び始めていますね。年賀状も早々に購入しました。うぐいす色と桃色の「和」がかわいい!仕様です。年賀状CMの小栗旬くんごっこ(先輩に住所を聞くごっこ)をやってみたりしております。そして、またこの時期になると、新年をどこで過ごすかという話をするのですが、2010年の暦は休みが取りにくい様子。おとなしくホームグラウンドで新年を迎えることになりそうです。
仕事、プライベート、時間、計画、実行。これらの分配を考えていると、あまりもたもたしていては、いか~ん!ことを痛切に感じます。シフトすべし、でございます。やるべきことをこなす、という仕事のやり方がしばらく続いていて、自ら仕事に挑んでゆこう、と姿勢転換の会話を上司としたばかりでございます。こなす、と挑むは文字通り大~違いであります。めざすところの像はあるものの、そのシャープのかかり方が弱いんだろうな。(画像のシャープネスみたい。。。) 輪郭強調。
『マーシャル博士の恐竜ランド』を観て来ました。映画館内はこどもたちがきゃーきゃー走り回ってました。なんせ、恐竜ランドだし、そのうえ日本語吹き替え版だし。内容はこどもたちよりもむしろ、保護者たち向きだったような気がしました。ブラックジョークに適度な?下ネタ、音楽は60年代~70年代。そして、ミュージカル『コーラスライン』を知っているのといないのとでは、その面白さに格段の差が出てきそうな気もしました。最後の方は、ハチャメチャでしたが、とにかく笑えました、手放しで。
平尾の住宅街に『レオーネ・チェルキオ』というイタリアンの美味しいお店があります。店構えはとてもシンプルで居心地の良い空間です。和梨(洋ナシではなく)シャンパンカクテルが美味しかった!お料理は勿論ですが、すてきな器も楽しめます。ここのオリジナルバターはほんのり甘くてクセになりそうです。(お持ち帰りもできます)
ほんとうのところ、それをしたいのか、したくないのか。ほんとうに、それが欲しいのか、欲しくないのか、欲しい「ような」気がしているのか。それは自分の基準なのか、他者の基準なのか。
を、ちょっと立ち止まって考える、ということを心がけています。先日もキタムラさんでオリンパス・ペンを見かけ、5800円!に思わず手が伸びていたのですが、ちょっと止まって考えて、手を引っ込めました。「モノ」ではなくて「値段」をお買物することを、これまでたくさんしてきているような気がしまして。お買物以外においても、然り、です。
健康保険証、年金手帳、介護保険証の機能を備えた「社会保障カード」制度の実証実験が、来年5月に福岡県糸島市、大野城市で開始予定です。個人の血液型、既往症等の健康情報も記録。端末を家庭に設置すると、デジタルテレビで年金記録の閲覧、保険手続き等も出来るのだとか。サイズは見本写真によると、手のひらにおさまる万歩計くらいの大きさです。カードには液晶画面や操作ボタンがあり、住民は各市役所に設置した読み取り端末にカードをかざすと、年金記録の確認ができ、病院などでは保険手続きも出来るのだそうです。国民皆保険を誇る我が国の保険制度上にある保険証が、紙(証書)ではなく液晶画面へと形を変えてしまうのはちょいと淋しいような。。。
夏の名残と秋の入口とが入り混じったような10月でございます。昨日、今日と清々しいですねぇ、とても気持ちがよいです。
Octは「8」を意味し、オクトパス(8腕のタコ)、オクターブ(第8音度、8個1組(ドレミファソラシド)、オクテット(八重奏)、オクタゴン(八角形)などの言葉があります。では、なぜ1年の10番目である10月が「October」なんだろう?そう思って調べてみたら、古代ローマの第8番目の月が、現在の10月に当たる、という事なのだそうです。へぇ~。
昨日の中秋の名月、美しい夜でした。今朝の地元の新聞にも満月とコスモスの花の写真が第1面に掲載されていました。昨夜はお月見しながら、丸型についていろいろ思いをめぐらせていたのですが、今朝から四角型について考えております。で、そういえば、どうして写真は(絵画もそうですが)四角形なんだろう?と。「形態は機能に従う」という機能主義の原理があり、かのコルビュジエは「人間は幾何学的動物である」との機能主義的な人間観を確立されております。便宜上、構造上、諸々のことがあって、写真は四角形、長方形なのだと思いつつ、改めてなぜだ~?無駄が出ないように?そもそも無駄とは何だ、じゃあ日本の硬貨が四角でなくて丸型なのはなぜ~?の勢いで、身の回りの有機物、無機物をあれこれ見回して妄想中でございます。
20日は彼岸入。我が家の庭にもお約束どおり彼岸花が咲きました。昨日も空、雲、風が気持ちよかったですね。近所のお花屋さんで、われもこう、女郎花、鶏頭などをお供え用に選びました。女主人と一緒に、季節の花って本当にキレイネェ~と声をあげました。四季があること、季節の花があり、季語があり、旬の食べ物があること(小栗旬くんも←?)…嬉しいことですねぇ。
シルバーウィークなる9月の大型連休ですが、次回これだけ休日が続くのは6年後、2015年だそうですよ。例えば来年のカレンダーを見たら、19、20日連休で、21、22日は平日、そしてまた23日秋分の日でお休み、という具合でしたよ。
ちょっと曇ってきました。天気予報どおり雨が降ってきそうです。気持ちは↓で盛り上げちゃいます。
はい、もういっちょ。
ここ数年、かかとの高い靴というと、安定系の船底、ウェッジソールばかりにお世話になっておりますが、今日久しぶりにピンヒールを履きました。やっぱりなんだか気が引き締まるような感じがしますねぇ。背筋も伸びるし。ただ足の疲れはどんときますのでアフターケアが必要になってきます。で、大活躍なのが「ULTRA GEAR(THRIVE)」(←なんだか強そうな名前)という脚専用マッサージャー!膝から下の脚全体、足の裏までぐいぐいマッサージしてくれます。きもちいいよ~。
「早川先生に出会って、深い深い部分の歪みを揉みほぐしてもらうことで、本当に飛躍的に身体が良くなりました。身体の使い方の基本中の基本を教えていただきました」と、メークアップアーティスト藤原美智子さんも絶賛の早川義修さんの『ボディ改造』。ボディワークには2つの原則があって、1つ目はセルフケアが基本であること、そして2つ目は「知的大人」であること。ボディワークを真に実践できるには、知的な大人であることが必須であると謳ってあります。必要なのは身体をしつけ直すことなんだそうです。目下、講談社から出ている早川先生の書籍を読んでおります。。。
「きくち体操」の創始者菊池和子さんは、起床後と就寝前に、足の指から、脚、手、腕、首のまわりと順番に触って自分の体に話しかけるのだそうです。特に就寝前に、足の指と手の指の握手してみると、指が入りにくくなっていて「よく1日がんばったね。ごくろうさま」と感謝の気持ちを体に伝えるのだとか。自分の体に話しかけるというのは、意外とやってそうでやってないことです。植物を育てるときに緑に向かって話しかけるのと同じように、自分の体にも話しかけることくらいやってみてもいいかもしれないと思うのでした。
それにしても。まるでそれを目指しているかのように、ピンヒールを履いているときに限って、マンホールの穴とか、路のフェンスとかにヒールをズリっとやってしまう。知的大人などとは、とてもとても程遠い有様でございます。。。
リンドバーグ夫人の「海からの贈物」を再読。今朝は「日の出貝」の章に留まりました。「私たち二人の目覚めた魂は、お早う。私たちは互いに相手の顔色を窺がったりしなくて、それは愛が何を眺める時の心も支配し、一つの小さな部屋を凡ての場所にするからだ。探険家は新しい世界を発見し、地図は多くの世界を示すがいい。(小さな部屋 / ジョン・ダン)」
「意味があるかないかということは、時間とか持続とかと関係はなくて、他の基準に従って判断されなければならない。それは或る時の、或る場所での現在の瞬間に属していることで、『現在あるものは、或る時の、或る場所での現在にしかない』 のである。」
何事もが誰かからの贈物(喜びに値するモノだけでなく)だと仮定してみると、踏み出せることも、軌道修正することもできます。
映画『ココ・シャネル』観てきましたよ。
7時過ぎたら、近所の小学校へ投票へ行ってきます。自らが支持する政党は決まっています。しかし、公約、演説、決起集会などを通して感じているのは、残念ながら、なにかこう「伝わってこない」ということです。他政党批判、現状批判ばかり強調した叫びは耳に心地よいはずもなく、わたしの夢リスト的ながんばります、やります、やくそくします、も薄っぺらに感じ、いつもは自転車など乗らないであろう方々が、がむしゃらにペダルを漕ぐ姿もなんだかなぁ、と。その一方でまた、目を丸くしてしまったのは、「投票証明書」なるものを提示すると、ホテルの宿泊代が半額になったり、施設の入場券や買い物など割引があるらしく、さあ投票に行きましょう、こんなサービスがあるんですよ、お得ですよ、という流れ。投票率アップを考慮したこと、1票の重み、大切さを認識してもらうこと、という背景もあるらしいのですが、それらがこの割引サービスにつながったことに違和感を感じてしまいました。投票という権利は、過去の人々が勝ち取ってきた歴史の産物。庶民に、女性に、参政権がなかった時代の人たちがこのことを聞いたら驚き嘆くのではないだろうか。国をつくるのは、国民ひとりひとりがまず基本、であると感じま~す。